戯曲『こういう教師』

お久しぶりです。古川です。

さっき2時半くらいに起きて、なんかもやもやした気持ちを吐き出す代わりに、一篇の超短編戯曲を書きました。3000字ちょっとのすぐ読める戯曲です。お時間ある方はぜひお読みください。

こういう教師

古川雄大

 

生徒による号令が終わり、全員が着席する。

 

先生 (しばらく無言が続き、気まずい感情が生徒の間で流れ出したタイミングで)はい。皆さんとははじめましてですね。恐らくはきっと。まあ、世で言う初対面の人って、案外相手から一方的に認識されてたりするもんですから、一概にはじめましてとは決めつけられないものですね。ほら、いるじゃないですか、あーあの人いっつもこの電車のこの席に座ってるよなーとか。この人あそこのコンビニでよく見かけるけどここでバイトしてたのか、とか。そういう、実は結構何度も会ってはいるんだけど、「出会う」のはまだだったから、一応「はじめまして」に、なる。だから僕も一応、まあ、はじめましてだろうなと思ってはじめましてと言いましたが、このはじめましてははじめましてかっこはてな、かっことじ、かっこ疑いの目かっことじ、ぐらいだとまあ、思って、ね、いただければと。

 

先生、笑いを待つが返ってこない。

気を取り直してチョークを持ち黒板に何かを書こうとする。

 

先生 あ、あれですよ、先生の一人称「僕」ですからね。って言った直後から自分のこと先生って言ってますけど、基本僕で、たまに先生って言っちゃいますね。まあ新任なので正直分かんないですけど。

 

黒板に「毎熊秀俊」と書く。

 

先生 毎熊秀俊と言います。(チョークで一字ずつ示しながら)まい、くま、ひで、とし、です。ずーっと疑問なんですけど、この苗字、どういう由来なんでしょうね。毎回熊に殺されてたとかそういうあれなんですかね。

 

再び笑いを待つが返ってこない。

軽く咳払い。

 

先生 一昨年の3月に大学を卒業して、一旦フラフラしてから教員採用試験を受けて、受かって、今ですね。だから先生やるのは初めてですし、もちろん担任も初めてです。経験なんて皆無ですから、こいつやばいぞって時は、まあどうしても、あるかもしれませんが、大目に見てください、なんてことは、絶対に言いません。情熱をもって皆さんと向き合う所存です。し、お互いにその、実験とか、テスト……、言葉がそのちょうどいいのが浮かばないんですけど、そういうものだと思うようにしましょう。皆さんも中学生活は初めてですし、お互いに探りあってよい関係が築けるようにとは思ってます。よろしくお願いします。

 

チョークを置く。

 

先生 さて……、ちょっと練習しましょう。皆さんは慣れっこでしょうけど、僕は学生以来なので不慣れなのです。あぁ、挙手の練習です。えっとじゃあ、今日、朝ごはんを食べた人、挙手してください。

 

生徒、ちらほらと手が上がり始める。

 

先生 はい。じゃあ朝ごはんを食べなかった人。

 

生徒、手を挙げる。

 

先生 はい。じゃあ、今日確かに自分は何かを食べたり飲んだりしたけど、それが朝ごはんと言えるかどうかわからない人。

 

2、3人、恐る恐る手を挙げる。

 

先生 いいですね。じゃあこの一連の、朝ごはんの質問で手を挙げた人、全員挙手。

 

ほとんど全員の手が上がるが、数名手を挙げていない。

 

先生 これでも全員ではないんですね。降ろしてください。はい。質問を変えます。あ、先に言っておくと、この挙手の練習で発言を促したり何かを言わせたりすることはないので、それは安心してください。えとじゃあ、これまでの人生で、芸能人とか、有名人に会ったことがある人。

 

半分以上手を挙げる。

 

先生 多いね。はい。じゃあ芸能人には一切会ったことがない人。

 

生徒、手を挙げる。

 

先生 はい。じゃあ、我こそは芸能人だという人、挙手。

 

一名、手を挙げる。

 

先生 元気だね。はい。ありがとうございます。ちょっと上がるようになったね。じゃあ一回、全員、手をあげましょう。全員ね。

 

生徒、30秒ほどかけて全員手を挙げる。

 

先生 これで全員ですね。いいですね。壮観ですね。この光景が授業で見れたら多分、教師人生何一つ悔いは残らないと思いますね。はい。ってあは、新任の僕が言うのもなんですけど。あ、疲れるだろうからもう降ろして大丈夫です。

 

生徒、手を降ろす。

 

先生 じゃあこれから言う質問全部、絶対に手を上げないでくださいね。行きます。じゃあ、動物園でパンダを見たことある人。

 

何名か、手を挙げてしまう。

 

先生 じゃあ逆にパンダを見たことない人。

 

若干名、手を挙げてしまう。

 

先生 はい。僕言いましたね。手は絶対に挙げないでくださいね。今の質問で挙げてた人間違いですからね。はい。じゃあもっと質問。宇宙人に会ったことがある人。

 

誰も手を挙げない。

 

先生 親戚が政治家の人。

 

誰も手を挙げない。

 

先生 命綱なしでバンジージャンプしたことがある人。あれいない? おかしいな。じゃあバンジージャンプ跳んだ事ない人。いない? みんな跳んだ事あるの? すごいクラスですねぇ。じゃあスカイダイビングをしたことがない人。おお全員やったことあるんですね。すごいですね。桃から生まれた人。桃じゃない果物から生まれた人。人間から生まれた人。人間じゃない果物から生まれた人。漢字検定が1級じゃない人。うわ全員1級だ。自分は絶対に、絶対に中学生だという人。そんなにみんな自信ないのか。もう皆さん中学生ですからね。文字を読んだことがある人。いないのか。これは教え甲斐がありますね。じゃあ、えと、いじめをしたことがない人。

 

温かい空気が一変、教室の中の空気が凍りつく。先生は続ける。

 

先生 誰かを、傷つけたことがない人。人を、殴ったことがない人。誰かの悪口を言ったことがない人。人を殺したことがない人。自分は優しい人間だと、心の底から、証明できる人。

 

生徒の一人が手を挙げる。

間。

 

先生 そうですよね。ごめんなさい。本当にごめんなさい。今のはやるべきじゃなかったですね。いやほんと、自分がすごく酷いことをしてるという自覚があまりにも、欠けてました。ごめんなさい。ありがとう。本当にありがとうございます。あなたは本当に素晴らしい生徒だと思います。本当に、ごめんなさい。

 

手を挙げていた生徒、手を降ろす。

 

先生 いや、あの、僕が何を言いたかったかというと、別に皆さんのことを試そうとかそういう魂胆ではなく、自分で手を挙げることと同じくらい、手を挙げないことにも大きな意味があると、僕は、そういうことを言いたかったのです。手を挙げたから偉いとか、手を挙げてないから偉くないとか、そういう価値観をこの教室で根付かせたくないと僕は、勝手に思ってます。だから、僕は皆さんが発言しないこと、挙手をしないことを、発言すること、挙手をすることと同じぐらい重く受け止めます。皆さんを信頼します。とはいっても、挙手をしなかったり、発言をしない生徒の心情は、よく発言してくれる生徒と比べて、やはりどうしても、汲み取りづらいものです。それはどうしても。だからなるべくは、その、全体の圧力とか、そういうものから解放させて、手を挙げやすい空気を作っていけたらなと思ってます。とにかくまずは、皆さんの行動一つ一つを重く受け止めますよってことは、念頭に置いておいてください。というのと同時に、重く受け止められるからこそ、自分の行動にはどうか責任をもってください。皆さんは既に大人の仲間入りを果たそうとしています。まだ成人にこそ達していませんが、世間的には責任能力があると判断されます。つまりは、誰かに迷惑をかけたら訴えられます。何かを壊したら弁償させられます。罪を犯したら少年院に入れられます。どうか、どうか行動には責任を持ってください。以上です。……ありがとうございました。号令を。

 

生徒の号令がかかり、挨拶をして、HRが終わる。先生は教室を退出する。

 

終わり